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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)7900号 判決

原告

松尾晴至

被告

賀内吉一

主文

一  被告は、原告に対し、金三六七〇万三五八〇円及び右内金三三四〇万三五八〇円に対する平成二年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

被告は原告に対し、金八五〇〇万円及び右内金八〇〇〇万円に対する平成二年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成二年一月二五日午前二時五五分頃

(二) 場所 大阪府東大阪市高井田本通五丁目六一番地先、交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点)という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(なにわ四四つ六〇一三号)

右運転者 被告

(六) 被害車両 普通乗用自動車(神戸五二ち三四〇一号)

右運転者 崔漢洙(「以下「崔」という。)

(五) 被害者 被害車に同乗していた松尾喜子(以下「喜子」という。)

(六) 態様 被害車両が前記交差点を青信号に従つて東から西へ向かつて直進していたところ、対向の加害車両が前記交差点を西から南へ右折進行して来たため双方車両が出合頭衝突した。

2  責任原因

(一) 被告は、本件事故当時、加害車両を所有しその使用に供していたものであるから、加害車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて喜子及びその子である原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。

(二) 被告は、右折が禁止されていた阪神高速高井田ランプの降り口を右折し、しかも本件交差点の東側の西行車線を直進する車両に対する注意を怠り、高速のまま進行した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて喜子及びその子である原告が受けた損害を賠償する責任がある。

3  喜子の損害

(一) 本件事故のため喜子は、脳挫傷を原因として平成二年一月二五日午後一〇時一一分死亡した(当時満四八歳)。

(二) 右死亡に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 逸失利益 金一億一七五一万九三六〇円

喜子は本件事故当時、崔の経営するスナツク「ラーク」の責任者として年収金六四〇万円、株式会社第一観光の経営するホテル「アバ」の従業員として年収金二四〇万円の各給与を得ていた他、自らコインランドリー「ペントハウス」を経営し、少なくとも年収金四〇〇万円の利益を得ていたものであり年収の総額は金一二八〇万円を下らなかつた。

逸失期間は四八歳から六七歳までの一九年間(ホフマン係数一三・一一六)

生活費控除 三〇%

(2) 死亡慰謝料 金二〇〇〇万円

喜子は女手一つで生計を立て、子である原告を養育していたものであり、世帯主である。

4  相続

喜子の死亡により、同人の子である原告が同人の権利を相続した。

5  原告の損害

(一) 原告は、喜子の葬儀費用に金一〇〇万円を支出した。

(二) 原告は、本件訴訟の提起・遂行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として金五〇〇万円を支払うことを約した。

6  結び

よつて原告は被告に対し、自賠法三条及び不法行為に基づき、弁済を受けた金三一六六万六一八〇円を除いた金一億一一八五万三一八〇円の内金八五〇〇万円及び右の内金八〇〇〇万円(弁護士費用分を除いた内金)に対する本件事故の日である平成二年一月二五日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実(事故の発生)は認める。

2  同2の事実(責任原因)は否認する。

3  同3(喜子の損害)(一)の事実中喜子が死亡したことは認めるが、その余は不知。同3(二)の事実(逸失利益、死亡慰謝料)は否認する。

4  同4(相続)、同5(葬儀費用、弁護士費用)の事実は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

(一) 確かに阪神高速高井田ランプの降り口である側道から本件交差点へ右折することは禁止されていたが、被告がこの側道から右折したことが本件事故の直接の原因となつたわけではない。

他方、直進車である被害車両も、本件交差点を右折する車両の有無、動静に注意するべき義務があつたのに、崔にはこれを怠つた過失がある。

したがつて、崔には、交通整理の行われている青信号下での直進車対右折車の割合による直進車の過失がある。

(二) 喜子は、被害車両を運転していたわけではないが、本件においては崔の過失をいわゆる被害者側の過失と解すべきである。なぜならば喜子と崔は兄弟であり、喜子は崔の経営するスナツク「ラーク」でママとして働いており、喜子は崔に、本件事故前は二日に一日の割合で、喜子の自宅とスナツク「ラーク」との間を送り迎えされており、本件事故もスナツク「ラーク」から喜子の自宅へ送り届けられようとしている時に発生したものであり、更に崔は原告の伯父であるが、喜子死亡後の現在崔と原告は同居しているからである。

2  損益相殺

被告は、原告に対し、自動車損害賠償責任保険からの保険金を含めて金三一六六万六一八〇円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺)の事実中、阪神高速高井田ランプの降り口は右折が禁止されている点は認め、その余の事実は不知ないし否認する。

2  抗弁2の事実(損益相殺)は認める。

理由

一  事故の発生及び責任原因について

1  請求原因1(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因2(責任原因)の事実

運行供用者責任について

被告が、本件事故当時、加害車両を所有していた事実については証拠がないが、乙第二〇、二一号証によれば、被告は女友達の所へ遊びに行く為に加害車両を運転していて、その途中で本件事故を起こした事実が認められる。

したがつて、被告は、本件事故当時、加害車両に対する運行支配及び運行利益を有していたものということができ、自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者として本件事故による人的損害を賠償する責任がある。

二  請求原因3(喜子の損害)の事実

1  請求原因3(一)の事実中、喜子が死亡した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実(本件事故と喜子の死亡事実との因果関係)は甲第二号証の七及び乙第二一号証により認められる。

2  逸失利益

(一)  スナツク「ラーク」に関する逸失利益

証人崔漢洙の証言中には、崔が喜子に給料として平成元年中に、月二五、六万円以上支払つており、その他にも額は不明ながら、従前働いていた店以来の常連客五、六人が平均週一、二回は来ており、それらの客から喜子が得ていた別会計の収入があつた旨の証言部分があり、また、甲第四号証の確定申告書にもスナツク「ラーク」から喜子が得ていた年収が六四〇万円であつた旨の記載がある。

しかし、右甲第四号証は、本件事故後に作成された確定申告書に過ぎず、同店から得ていたとする右六四〇万円の収入の算定根拠は不明であるので、右確定申告書の記載を信用することはできない。

これに対し、証人崔の証言中、喜子に支払つていた給与が月額二五、六万円であつたとの部分は、金額的観点からすると特に不自然な額ではないこと、右以外に喜子には従前働いていた店以来の常連客から得ていた売上げがあつたとの部分も、それなりに信用し得ることを考慮すると、喜子には、本件事故当時、少なくとも月額三〇万円の収入(年収三六〇万円)があつたものと推認することが相当である。

(二)  ホテル「アバ」に関する逸失利益

証人松尾豊の証言中には、同人が代表取締役をしている第一観光株式会社(以下「第一観光」という。)が喜子に給料として平成元年中に、月二〇万円を支払つているという証言部分があり、甲第四号証(確定申告書)、第二三号証(源泉徴収簿)にも右供述に符合する記載がある。しかし、証人松尾の証言は、喜子は、第一観光に一週間に一回出勤し、問題点があつた時に助言を得ており、役員報酬として月二〇万円位支払つていたというものであるが、出勤の曜日、時間等が明確ではなく、主として水商売に従事してきたはずの喜子がいかなる業務をなし得ていたのかその内容も具体性に欠ける上、報酬の額も「位」という程度であつて曖昧さを払拭し得ず、しかも、乙第二三、第二五号証によれば、捜査段階、刑事公判廷においては、松尾は喜子が第一観光から報酬を得ていた旨を供述した形跡がうかがえないこと、松尾は原告の叔父であり原告と強い利害関係があることなどに照らすと、右証言部分はにわかに措信し難い。また、甲第四号証は、本件事故後に作成、提出されたものであるから、その信用性は乏しいものと考えざるを得ず、甲第二三号証も第一観光名義の源泉徴収簿なる用紙に支給金額、差引徴収税額のみが記載されているにすぎず、賞与、手当等についての記載がなく、作成時期、作成経緯も不明であるから、その信用性には多大な疑義があり、他に右松尾証言部分を裏付ける客観的証拠はない。

(三)  コインランドリー「ペントハウス」に関する逸失利益

証人松尾は、コインランドリー「「ペントハウス」の平成元年分の収入金額が七一八万四三〇〇円であり、所得金額が四三七万七六二六円であつた旨証言し、甲第四号証(確定申告書)及び甲第五号証(調査報告書)にも同様の記載がある。しかし、同証人の証言によれば、甲第四号証は、本件事故後に作成されたものであり、同証人の調査した結果、電気・水道・ガス等の使用料等から逆算し、かつ、コインランドリーの他の営業店の数値と比較対象して算出したものとされているので、それ自体では証拠価値に乏しい(同証人の証言も右算出課程を一般的に説明しているに過ぎないので、それのみでは証拠価値に乏しいことは右と同様である。)。また、甲第五号証によれば、東成店と上新庄店とを合せたコインランドリーの所得は、平成元年分は甲第四号証の確定申告を引用し四三七万七六二六円とされているのに、昭和六三年分はLPガスの使用料が不明という前提ながら二五〇万七八五九円とされており、金額にかなりの差が認められること、証人崔の証言及び甲第五号証によれば、上新庄店は喜子の死亡後も営業を継続し、原告の生活費として充当されていることなどに照すと、本件事故によりコインランドリーに関する収入について年間四〇〇万円以上の利益が失われたとする原告の主張は採用することができない。

もつとも、東成店については、本件事故後、喜子の死亡により閉店することになつたものであり、右閉店による損害については、本件事故がなければ生じなかつた関係にあるから、相当因果関係が認められる。本件事故当時の同店の収入がいか程であつたかを確定するのは困難であるが、甲第五号証によれば、昭和六三年分の上新庄店と東成店の純利益は二五〇万円あまりであつたとされていること、同地域の洗濯機五台、乾燥機四台等が設置されているコインランドリーの純利益は、年間二四〇万円程度とされていること、本件事故当時、上新庄店には乾燥機四台、洗濯機八台設置されていたのに対し、東成店には乾燥機五台、洗濯機三台が設置されていたことなどを考慮すると、右事故当時、喜子は同店の経営により少なくとも月額一〇万円、年間一二〇万円程度の利益は挙げていたものと推認するのが相当である。

(四)  そうすると、喜子は、本件事故当時四八歳で、本件事故に遭わなければさらに六七歳までの一九年間にわたり就労可能であり、その間に少なくとも平均して右(一)及び(三)の合計金四八〇万円程度の年収を得ることができたものと推定されるから、右金額を基礎として、生活費として三割を控除し(本件事故当時、喜子は女手一つで生計を立て、子である原告を養育していた事情等を考慮すると、控除率は三割とするのが相当である。)、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故による喜子の逸失利益の本件事故当時の現価を算出すると、次のとおり四四〇六万九七六〇円となる。

(算式)480万円×0.7×13.116=4406万9760円

3  死亡慰謝料

喜子は原告が二歳の時に離婚をし、その後約一三年間女手ひとつで原告を養育してきた(松尾証言、崔証言、甲第二一号証の一、二、三)。にもかかわらず、原告の成人前に喜子が本件事故により死亡したことの無念さ、その他弁論に現れた諸事情を総合考慮すると、喜子が受けた肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円とするのが相当である。

三  相続

原告が喜子の子であることは、甲第二一号証の三により認められる。したがつて原告は、以上認定の喜子の六四〇六万九七六〇円の損害賠償請求権を相続により承継取得した。

四  原告の損害

葬儀費用

弁論の全趣旨により原告が葬儀費用を支出したことが認められ、本件事故による葬儀費用相当の損害として賠償を求め得る金額は一〇〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

被告の主張によつては、崔の過失を喜子らの過失と同視するに足る事情は認められないから、原告の損害を算定するのに、崔の過失を斟酌すべきとする被告の主張は採用することができない。

なお崔は、本件事故後、原告と同居しているが、それは事故後の事情であり、結論に影響しない。

六  損害の填補

抗弁2の事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、前記認定の原告の損害から三一六六万六一八〇円を損害の填補として控除すると、原告が賠償を求め得る残損害額は三三四〇万三五八〇円となる。

七  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起・遂行を原告訴訟代理人に委任したことは本件訴訟記録上明らかであり、請求額、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は三三〇万円とするが相当である。

八  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、金三六七〇万三五八〇円及びそのうち弁護士費用を除く金三三四〇万三五八〇円に対する本件事故の日である平成二年一月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、この限度で認容することとし、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 大沼洋一 中島栄)

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